京つう

アート/芸術  |洛中

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2008年08月13日

久しぶりの横川駅

もう何十年ぶりになるのでしょか。
久しぶりに横川駅を訪れました。



駅前には、当時の賑わいはありませんが、名物だった「峠の釜めし」はそのままでした。



そして、駅前の溝のふたは、アプト式の線路が敷かれてありました。





その頃は、まだ新幹線がなく、いろんな機関車が胸を張って、働いていました。
そして、軽井沢までだと、一旦機関車の付け替えがあり、その停車時間が楽しかった思い出があります。







今では、信越線の線路は、いったん横川駅までで途絶え、軽井沢まではバス、軽井沢からは私鉄となった「しなの鉄道」となり、篠ノ井からまた信越線が復活するという不思議な路線です。



今は、横川駅の先が、「碓氷峠鉄道文化むら」となっています。
http://www.usuitouge.com/bunkamura/

ここでは、旧信越線の線路をつかってのトロッコ列車の運行もされています。
旧信越線の上り線路を使用しての運行は、昔の65パーミル(1km進むと65m高くなる傾斜)という急勾配を、碓氷峠専用として2両だけ製造されたTMC-500Aというディーゼルの保線用車両が押し上げます。



途中、旧丸山変電所駅にて停車し、旧丸山変電所を見学できます。



トロッコ列車の終点は、「峠の湯」駅まで。



この先は、線路だけは、軽井沢につながっています。
今にも列車が通過しそうな錯覚を感じますが、線路の錆が、それが思い出だったことを知らせてくれます。





「碓氷峠鉄道文化むら」には、いろいろな静態保存の車両が並んでいます。
しかし、私は機関車の墓場みたいであまり好きではありません。
ただ、今はない車両や貴重な車両を見ると、懐かしさや当時の思い出がよみがえって来るのはうれしいものです。

このステンレスのEF30を見ると、九州に来たんだという感慨がこみ上げてきたものです。



非電化区間では、しょっちゅう見られたキハ20やDD51。





今、現代の人々が求めているものは、単に「速さ」や「効率」だけではないはずです。
そこには、「人間味」や「心の豊かさ」があると思います。

渋川駅で、D51の牽引する「奥利根号」に出くわしました。



今まで蒸気機関車を見たことのない人々は、煙を出し、けたたましい汽笛を鳴らして出発していく姿に、何かを感じるのだと思います。

蒸気機関車が行ってしまったあと、二人の男女が、「蒸気機関車に出会えてよかったね!」と笑顔でホームを後にしていました。






ホームには、まだ懐かしい煙の匂いが漂っていました。








  

Posted by Norichan at 18:00Comments(0)鉄道