京つう

  アート/芸術  |  洛中

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2011年02月28日

暖かな春風に誘われて (勧修寺)

暖かな春風の吹く山科にある勧修寺。




春風に誘われて、梅の花がほころびます。




京都市内でも、場所によってはまだ三分咲きのところも・・・




ゆっくりと春の足音です。

  

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2011年02月27日

東風吹かば (北野天満宮)

北野天満宮の梅は七分咲きです。




ピンクの枝垂れ梅は何と可愛らしいのでしょうか。




「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」




この梅が飛んでいったのでしょうか。




白梅と紅梅が咲き乱れています。




境内には屋台も並びました。
何だか春の気配がしてワクワクする、そんな「北野さん」でした。

  

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2011年02月26日

パンダが上野にやってきた (東京・上野動物園)

上野動物園に、久しぶりにパンダがやってきた。
でも、まだお目見えには時間がかかりそう。




ランラン、カンカンが来たときは、見に行ったな。
幼稚園児が、遊びに来ていました。




上野駅前の掲示板にもパンダの案内が・・・




上野駅界隈は、パンダでいっぱい。




JR上野駅で、こんな大きなパンダを見つけました。




もうすぐ、上野駅は桜も咲きだし、パンダの公開と共に賑わいが増すんでしょうね。
早咲きの桜が咲いていました。

  

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2011年02月25日

「京・薄雪」 (東京・赤坂)

私の写真展「京・薄雪」
展示させていただいている赤坂の旬菜楽「トキ」へお邪魔しました。




昨年の「京・桜」、「京・彩」、そして今回の「京・薄雪」
これで3回目になります。
少しは雪見のお酒を味わっていただけたでしょうか。




次は新緑の京都をテーマに・・・とお願いしてしまいました。
乞うご期待。
  

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2011年02月24日

冬を越す蓑虫や (伊賀上野・蓑虫庵)

「みの虫の音を聞きにこよ草の庵」
この句は、芭蕉翁の門弟服部土芳がこの草庵を作ったときに草庵開きの祝いとして芭蕉翁が贈った句。
そこで、蓑虫庵と名づけられました。




この庵で、芭蕉も句を読んだのでしょう。




庭に、蓑虫が冬を越していました。




咲くも美しく。




散るもまた美し。

  

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2011年02月23日

学びの窓 (伊賀上野・旧小田小学校)

足踏みオルガンの伴奏にあわせて、子供たちの元気な声が聞こえてきそうです。




地球儀の向こうの窓には、すばらしい未来が見えそうです。




ここは、旧小田小学校。
明治14年に建てられたこの小学校は、当時は「啓迪(けいてき)小学校」と呼ばれていました。
数枚残っていたギヤマンの色ガラスが、ハイカラな感じです。




当時にしては、上下する窓も珍しかったでしょう。




そんな学びの窓は、未来への窓だったようです。



  

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2011年02月22日

希望の窓 (伊賀上野・芭蕉翁生家)

伊賀上野にある松尾芭蕉の生家。
土間に差し込む窓の光。
間違いなく、ここに芭蕉の姿があったのです。




柔らかな光を取り込む窓。




とても落ち着く窓。




芭蕉が帰ってきて開けた戸の光。




生家の奥にある書斎「釣月軒」には、わら草履に差し込む窓の光。




ここの窓から差し込む光は、生きる希望を感じさせてくれました。
そんな松尾芭蕉の生家でした。

  

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2011年02月21日

梅はまだでした (月ヶ瀬梅林)

月ヶ瀬梅林は、まだ咲き始め。
かすかに、ピンクのつぼみが色を感じさせます。




ちょっと咲き始めた木を発見。
良い香りが漂っていました。




梅まつりには、まだ早すぎ。




2月下旬には、ここは梅渓になるそうです。




ちょっとだけ梅。

  

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2011年02月20日

梅を求めて (京都・JR月ヶ瀬口駅)

関西本線のJR月ヶ瀬口駅。




月ヶ瀬は梅で有名。
ここから梅林まではかなりの距離です。




駅にあった梅の木には、花が咲き出していました。




1両編成の気動車が、軽快に走り抜けていきました。

  

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2011年02月19日

やいとすえるぞ! (大徳寺前)

「そんな悪いことしたら、やいとすえるぞ!」
そんなことを小さい頃にいわれたことを思い出します。

「やいと」とはお灸のことです。



大きくなってから、腰痛の治療のために「やいと」をすえてもらったことがあります。
あの熱さからくる痛さが、とっても効果的でした。
「やいと」
このことばの響きが、とても懐かしく感じました。




  

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2011年02月18日

数奇な運命の館 (聚楽第址)

聚楽第は、安土桃山時代の末期、関白となった豊臣秀吉が建てた政庁兼邸宅。
面積は、北之丸、西之丸、南二之丸、外堀までを含めると約268,000m²といわれ、現在の京都御所が130,000m²からすると、その規模は凄かったようです。




聚楽第は、秀吉が関白職を甥の豊臣秀次に譲ったあと秀次の居城となったものの、秀次の追放、そして、竣工して8年後に徹底的な破却という数奇な運命をたどります。
この夕日は、当時も今と同じだったことでしょう。




なお、西本願寺にある飛雲閣は、聚楽第から移築されたという伝承もあります。

雅な美しき楼閣 (西本願寺・飛雲閣)  

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2011年02月17日

利休の切腹 (大徳寺三門)

大徳寺の三門。
この三門には、千利休の切腹の原因のひとつとされる話が残っています。




利休は、自宅近くに建つこの三門(金毛閣)の造り替えのために援助をします。
三門が完成すると大徳寺の住持であった古渓宗陳(こけいそうちん)が、利休に対する感謝の意を表するために利休の木造を造り、それを三門の上に祀りました。
しかし、それを知った秀吉はひどく怒ります。




「高貴な方が通る三門の上に草履をはいた利休の木造を置くということは、高貴な方の頭を踏みつける行為と同じである」

そして、天正19年2月28日に千利休は切腹させられたというのです。




そんな話の残る大徳寺の三門です。  

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2011年02月16日

秀吉様の出世の願い (出世稲荷神社)

出世稲荷神社は、1587年(天正15)年に、豊臣秀吉が自らの出世を祈り、聚楽第の敷地内に稲荷社を勧請して創建された神社です。




聚楽第が取り壊された後、現在の場所に移築されたそうです。




境内には、寿石、福石、禄石の三つの石を御神体にした三石社があり、かつて「勝石、取り石、打ち出し石」などと呼んで大変信仰された勝負運の神を祀っています。




入母屋の立派な水盤舎の後に、ちょっと洒落た窓が目にとまりました。




祇園のお茶屋の一力さんも出世を祈願されていたのでしょうか。
ご利益がありそうです。


  

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2011年02月15日

近江路は寒かった! (北びわこ号・C571号機近江路)

風が強く、雪も散らつく寒い一日。


(虎姫-河毛)


C57が長浜駅を出発です。
ヘッドマークは、浅井三姉妹です。


(JR長浜駅)


回送のC57に、JR野洲駅で追いつきました。
夕焼け空の梅小路機関区へ戻っていきました。
次は、いつ戻ってくるのかな。


(JR野洲駅)
  

Posted by Norichan at 09:00Comments(2)鉄道

2011年02月14日

朝日とともに (北びわこ号・東海道本線守山-篠原)

きょうは、やっと滋賀県の三上山の朝日といっしょになりました!




夜中に降った雪の中を快走です。




朝日が登って、雪晴れになりました。
きょうの北陸本線でも、多くの鉄道ファンが待ってることでしょう。

  

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2011年02月13日

織田信長のお墓 (阿弥陀寺)

織田家の京都の菩提寺である阿弥陀寺。
ここにも信長のお墓があります。




ここは、京都における織田家の菩提寺として、信長の法名「捴見院」を冠する浄土宗寺院。




このお寺を開山した清玉上人が、本能寺の変で信長の遺骸を持ち帰り供養してお墓を建てたそうです。
ここには、信長をはじめ嫡子の信忠や、森蘭丸などのその時に亡くなった武士のお墓もあります。




後日、豊臣秀吉はそれを聞き、清玉上人に信長の葬儀・法要を申し出たそうですが断られ、秀吉は大徳寺で葬儀を行ったといわれています。
ここでは、「総見院」ではなく、「捴見院」と記された卒塔婆が、「すべてを見通す」が如く、青空に向かっていました。


  

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2011年02月12日

天下統一のさきがけ (大徳寺・総見院)

織田信長の菩提寺の大徳寺総見院。
信長の葬儀が行われた地です。
その葬儀には、2万人以上の参列者が押し寄せたそうです。
本堂にある織田信長の坐像は、信長の一周忌法要に合わせて、その追善のために作られたものだそうです。




”総見”とは、すべてを見通すという意味。
信長は、生前より、自身の法名を「総見院泰巌安公」と定めていたそうで、それがそのままこのお寺の名称に使われています。




ここには、趣の異なる三席のお茶室が並び、その内のひとつの井戸には織部焼きの滑車が付いていました。
この絵柄にあるのは、椿でしょうか?




このお寺は、豊臣秀吉が建立し、境内には秀吉がこよなく愛したと伝えられる樹齢400年の日本最古の胡蝶侘助があります。




そして、境内のお墓には、信長一族のお墓が並び、その中に、織田信長のお墓もありました。
信長の遺骸は見つからなかったといわれ、このお墓には、信長の木造が荼毘にふされて埋葬されています。
やはり、どこかで生き延びたのでしょうか?
そんな信長伝説も生まれる天下統一の武将です。



  

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2011年02月11日

とりあえすビールがいっぱい (滋賀・長浜旧開知学校)

長浜駅の直ぐ近くにある長浜旧開知学校。
駅前通り沿いに建つ木造3階建,八角塔屋付の擬洋風建築。




1874(明治7)年に開校した滋賀第一小学校の学舎だそうです。
そういえば、色使いも松本にある旧開智学校校舎に似ています。




そんな建物の1階には、ビアパブ「2nd Booze」
ビール好きの私には、ワクワクするお店です。




メニューには、「とりあえずビール」はありません・・・と。
そういえば、日本人がよく口にする言葉です。
このお店には、ヨーロッパを中心とした75種類以上のビールが揃っているとの事。




とりあえずビールが飲みたかったのですが、自動車だったので、とりあえずランチとコーヒーにしておきました。
今度は、とりあえず電車でリベンジです。
  

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2011年02月10日

梅の香りに満たされて (長浜・盆梅)

盆栽の紅梅が満開です。
長浜で開かれている盆梅展。




手前は、推定樹齢250年といわれる一重白梅「比夜叉」
これでも盆栽です。




推定樹齢400年といわれる八重紅梅「不老」
長浜最大の盆梅で、幹周り2m。
驚きの盆梅です。




障子の光に照らされた盆梅。




可憐な花を咲かせる紅梅は印象的でした。




長浜の盆梅展は、3月10日まで。
これが終わると、近江路は、桜を迎えます。

  

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2011年02月09日

雪の中を貴婦人がゆく (北びわこ号・北陸本線)

今年の北陸本線の雪はとても多い。


(河毛-高月)


その雪の中を、貴婦人C57が白いドレインをあげて登っていく。


(河毛-高月)


姉川の鉄橋。
きょうは、遥か向こうの伊吹山がかすんで見えない。


(長浜-虎姫)


長浜駅を元気に出発。


(長浜駅)


やはり、C57の力強さには圧倒されます。
まだまだ現役!


(長浜駅)


【動画もお楽しみ下さい!】



<河毛-高月>  

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