2010年05月10日
チンチン電車が走った街 (北野商店街)
千本中立売から北野天満宮へ通じる商店街。
この通りに、昔、市電が走っていました。
今でも、この通りは、市電の面影を残しています。
この通りを狭軌の市電が走っていました。
今は昔。
この街が好きさ!
http://www.youtube.com/watch?v=d5YXwnUdt1U
この通りに、昔、市電が走っていました。
今でも、この通りは、市電の面影を残しています。
この通りを狭軌の市電が走っていました。
今は昔。
この街が好きさ!
http://www.youtube.com/watch?v=d5YXwnUdt1U
2010年05月10日
花の滝 (滋賀県・日野町)
滋賀県の日野町にある正法寺。
ここは、「藤の寺」ともいわれています。
藤の花が、まるで滝のよう。
華麗な滝がちょっぴり甘い香りとともに流れ落ちます。
その香りに誘われて、花アブが飛び回っていました。
蜂ではないので刺されないといわれても、あの羽音を聞くと、危険を感じてしまいました。
もうすぐ満開を迎えます。
ここは、「藤の寺」ともいわれています。
藤の花が、まるで滝のよう。
華麗な滝がちょっぴり甘い香りとともに流れ落ちます。
その香りに誘われて、花アブが飛び回っていました。
蜂ではないので刺されないといわれても、あの羽音を聞くと、危険を感じてしまいました。
もうすぐ満開を迎えます。
2010年05月09日
母の日に感謝 (滋賀県・日野町)
鎌掛谷のシャクナゲを見に行く途中の遊歩道で、木になるカーネーションを見つけました。
5月9日は母の日。
この花は、カーネーションツバキ。
まるでカーネーションがいっぱい木に咲いているよう。
渓谷に、赤いカーネーションの花びらが流れていました。
母の日。
母に感謝です。
5月9日は母の日。
この花は、カーネーションツバキ。
まるでカーネーションがいっぱい木に咲いているよう。
渓谷に、赤いカーネーションの花びらが流れていました。
母の日。
母に感謝です。
2010年05月09日
シャクナゲの咲く谷 (滋賀県・日野)
滋賀県の東南に位置する「日野町」
ここの鎌掛谷(かいがけだに)というところに、ホンシャクナゲの群落があります。
清流の流れる渓谷に、美しい花を咲かせていました。
シャクナゲは本来は高山植物。
なのに、標高350m前後の低地に、しかも群生するのは非常に珍しいそうです。
斜面約4万平方メートルに約2万本のシャクナゲが自生しています。
先日、京北の峰定寺に行ったときに咲いていたシャクナゲ。
調べてみたら、滋賀県の県花でした。
それぞれの都道府県には「県花」があります。
京都は、シダレザクラ・ナデシコ・嵯峨ぎく
ちなみに、東京はソメイヨシノ。
北海道はハマナスです。
みなさんの県の花は?
ここの鎌掛谷(かいがけだに)というところに、ホンシャクナゲの群落があります。
清流の流れる渓谷に、美しい花を咲かせていました。
シャクナゲは本来は高山植物。
なのに、標高350m前後の低地に、しかも群生するのは非常に珍しいそうです。
斜面約4万平方メートルに約2万本のシャクナゲが自生しています。
先日、京北の峰定寺に行ったときに咲いていたシャクナゲ。
調べてみたら、滋賀県の県花でした。
それぞれの都道府県には「県花」があります。
京都は、シダレザクラ・ナデシコ・嵯峨ぎく
ちなみに、東京はソメイヨシノ。
北海道はハマナスです。
みなさんの県の花は?
2010年05月08日
初夏の京野菜 (錦通り東洞院)
街の八百屋さん。
「初夏の京野菜 丸茄子 万願寺とうがらし」という店先の文字が目に飛び込みました。
ちょっと大きな万願寺とうがらし。
これを食べると、「あー夏だ!」と思います。
そういえば、最近、野菜をスーパー以外で買うことがなくなりました。
一昔前には、こんな八百屋さんがいっぱいあったような気がします。
トマトやきゅうりが、夏の野菜だということを、今の子供たちは知っているでしょうか?
きゅうりは、曲がっているのが普通なのだということを知っているでしょうか?
「初夏の京野菜 丸茄子 万願寺とうがらし」という店先の文字が目に飛び込みました。
ちょっと大きな万願寺とうがらし。
これを食べると、「あー夏だ!」と思います。
そういえば、最近、野菜をスーパー以外で買うことがなくなりました。
一昔前には、こんな八百屋さんがいっぱいあったような気がします。
トマトやきゅうりが、夏の野菜だということを、今の子供たちは知っているでしょうか?
きゅうりは、曲がっているのが普通なのだということを知っているでしょうか?
2010年05月07日
新緑の並木 (滋賀・マキノ)
滋賀県のマキノ高原に続くメタセコイアの並木。
新緑がとっても眩しい季節です。
平成6年(1994年)11月、読売新聞社の「新・日本の街路樹百景」に選定されて、一躍有名に!
車の往来が頻繁ではないので、道路のど真ん中で失礼します!
紅葉の季節、そして、雪の季節も素敵な並木です。
まるで、北海道にでも来たようなゆったりとした雰囲気になりました。
もう夏の装いです。
新緑がとっても眩しい季節です。
平成6年(1994年)11月、読売新聞社の「新・日本の街路樹百景」に選定されて、一躍有名に!
車の往来が頻繁ではないので、道路のど真ん中で失礼します!
紅葉の季節、そして、雪の季節も素敵な並木です。
まるで、北海道にでも来たようなゆったりとした雰囲気になりました。
もう夏の装いです。
2010年05月06日
長谷川等伯との出会い (本法寺)
京都国立博物館で見た長谷川等伯の素晴らしい絵。
彼の面影をしのんで、本法寺を訪ねました。
彼の仰ぎ見る先は、どこでしょうか?
故郷の石川でしょうか?
左手には、筆が握られています。
本堂の前で、見上げる等伯。
落ち着いた本法寺でした。
本阿弥光悦作の唯一の庭園「巴の庭」は、四時を過ぎたので閉まっていました。
またの楽しみにします。
彼の面影をしのんで、本法寺を訪ねました。
彼の仰ぎ見る先は、どこでしょうか?
故郷の石川でしょうか?
左手には、筆が握られています。
本堂の前で、見上げる等伯。
落ち着いた本法寺でした。
本阿弥光悦作の唯一の庭園「巴の庭」は、四時を過ぎたので閉まっていました。
またの楽しみにします。
2010年05月05日
しゃくなげの咲く頃 (峰定寺)
先週訪れた峰定寺。
5月2~4日まで、ご本尊の千手観音坐像を拝むことができるということでまた訪問しました。
先週満開だった桜もかなり散りましたが、それに変わってしゃくなげの花があちこちで満開でした。
仁王門の横にある収蔵庫には、千手観音坐像や毘沙門天立像、そして、金剛力士立像などが見れました。
千手観音坐像の優しいお顔。
金剛力士立像は、30年前に来た時には、ちゃんと仁王門に建っていたのですが・・・
収蔵庫に入っても、その力強さは素晴らしかったです。
川の流れに、可愛らしいしゃくなげが頬を染めます。
5月連休の暖かい一日でした。
5月2~4日まで、ご本尊の千手観音坐像を拝むことができるということでまた訪問しました。
先週満開だった桜もかなり散りましたが、それに変わってしゃくなげの花があちこちで満開でした。
仁王門の横にある収蔵庫には、千手観音坐像や毘沙門天立像、そして、金剛力士立像などが見れました。
千手観音坐像の優しいお顔。
金剛力士立像は、30年前に来た時には、ちゃんと仁王門に建っていたのですが・・・
収蔵庫に入っても、その力強さは素晴らしかったです。
川の流れに、可愛らしいしゃくなげが頬を染めます。
5月連休の暖かい一日でした。
2010年05月04日
2010年05月04日
紅白の桜? (花背)
4月25日に訪れた花背付近の桃
きょうは、この紅白の花が満開になっていました。
ひとつの枝から紅白の花が咲いています。
お正月のお飾りで、枝に紅白の丸いお餅が付いたのを見かけますが、まるでそんな感じです。
暖かくなったこの一週間で満開になりました。
暖かな連休です。
きょうは、この紅白の花が満開になっていました。
ひとつの枝から紅白の花が咲いています。
お正月のお飾りで、枝に紅白の丸いお餅が付いたのを見かけますが、まるでそんな感じです。
暖かくなったこの一週間で満開になりました。
暖かな連休です。
2010年05月03日
花背の桜 (花背・花竹庵)
花背峠を越えた花背里に残る丹波茅葺き入母屋造り古民家。
ここは、花竹庵(かちくあん)という蕎麦どころ。
玄関ののれんは、鯉のぼりです。
2009年の夏に、茅葺きの屋根が改修されてしまって、少々趣きがなくなったのが残念です。
でも、まだまだ威風堂々。
この建物は、西本願寺絵所十二代絵師・版画家徳力富吉郎師(1902-2000)の夏画室として用いられそうで、部屋の中には、素敵な版画が飾ってありました。
桜の花びらで描かれた「花背」
貼り絵のようです。
ちょうど今の時期でしょうか。
ここのお蕎麦は、山椒がほんのり香って、とても美味しかったです。
こんなに山椒が合うとは思いませんでした。
私はとろろ蕎麦をいただきました。
外には、5月なのに桜が満開でした。
ここは、花竹庵(かちくあん)という蕎麦どころ。
玄関ののれんは、鯉のぼりです。
2009年の夏に、茅葺きの屋根が改修されてしまって、少々趣きがなくなったのが残念です。
でも、まだまだ威風堂々。
この建物は、西本願寺絵所十二代絵師・版画家徳力富吉郎師(1902-2000)の夏画室として用いられそうで、部屋の中には、素敵な版画が飾ってありました。
桜の花びらで描かれた「花背」
貼り絵のようです。
ちょうど今の時期でしょうか。
ここのお蕎麦は、山椒がほんのり香って、とても美味しかったです。
こんなに山椒が合うとは思いませんでした。
私はとろろ蕎麦をいただきました。
外には、5月なのに桜が満開でした。
2010年05月03日
遅い春 (花背峠・旧道別れ)
京都市街地から花背峠を越えると、京都バスの「旧道別れ」のバス停があります。
杉の並木を行くこの旧道。
この道を行くと、旧花背峠を抜けて、芹生に抜けられます。
5月でもまだ桜が見れるこの付近。
わらびでしょうか、野草が新しい芽をあちこちで出していました。
遅い春です。
杉の並木を行くこの旧道。
この道を行くと、旧花背峠を抜けて、芹生に抜けられます。
5月でもまだ桜が見れるこの付近。
わらびでしょうか、野草が新しい芽をあちこちで出していました。
遅い春です。
2010年05月02日
鎧をまとった柱たち (三十三間堂)
三十三間堂は、「通し矢」で有名。
本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る行事です。
そこで、西の柱には、矢が刺さらないように、鉄で補強されています。
まるで、柱が、鎧をまとっているかのようです。
昔は、この軒下で、南側から北側へ矢を放っていました。
「浮繪和國景跡京都三拾三軒堂之図 画:哥川豊春」(Wikipediaより)
だから、柱の南側だけに鎧をまとっています。
現在は、はるか向こうに見える北側から南側に放たれます。
昔は、121mだったのに、今はその半分の60mとか。
本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る行事です。
そこで、西の柱には、矢が刺さらないように、鉄で補強されています。
まるで、柱が、鎧をまとっているかのようです。
昔は、この軒下で、南側から北側へ矢を放っていました。
「浮繪和國景跡京都三拾三軒堂之図 画:哥川豊春」(Wikipediaより)
だから、柱の南側だけに鎧をまとっています。
現在は、はるか向こうに見える北側から南側に放たれます。
昔は、121mだったのに、今はその半分の60mとか。
2010年05月01日
京都にあった大仏 (方広寺大仏殿)
京都に大仏があったそうです。
その名残りが、三十三間堂の前の大和大路七条にあるこの交番です。
豊臣秀吉をまつる豊国神社の横にある方広寺。
ここに、秀吉によって、奈良・東大寺に倣った大仏殿の造営が開始され、1595年(文禄4年)に大仏殿が完成。
東大寺の大仏より大きい18mの大きさであったそうです。
しかし、1596年に地震により倒壊。
その2年後に、秀吉は亡くなります。
その後豊臣秀頼により再建されますが、1798年(寛政10年)に落雷による火災で焼失した後は、同様の規模のものは再建されなかったそうです。
ここにある鐘は、国家安康の梵鐘として有名。
徳川家康を怒らせ大阪冬の陣の起きたきっかけとなった、「国家安康君臣豊楽」の文字の入った大鐘。
白くマーキングされた文字が、それです。
この鐘楼の天井には、天女が華麗に舞っていました。
天下を取った豊臣秀吉は、晩年も波乱万丈だったようです。
彼のお墓は、東山の阿弥陀ヶ峰にあります。
その名残りが、三十三間堂の前の大和大路七条にあるこの交番です。
豊臣秀吉をまつる豊国神社の横にある方広寺。
ここに、秀吉によって、奈良・東大寺に倣った大仏殿の造営が開始され、1595年(文禄4年)に大仏殿が完成。
東大寺の大仏より大きい18mの大きさであったそうです。
しかし、1596年に地震により倒壊。
その2年後に、秀吉は亡くなります。
その後豊臣秀頼により再建されますが、1798年(寛政10年)に落雷による火災で焼失した後は、同様の規模のものは再建されなかったそうです。
ここにある鐘は、国家安康の梵鐘として有名。
徳川家康を怒らせ大阪冬の陣の起きたきっかけとなった、「国家安康君臣豊楽」の文字の入った大鐘。
白くマーキングされた文字が、それです。
この鐘楼の天井には、天女が華麗に舞っていました。
天下を取った豊臣秀吉は、晩年も波乱万丈だったようです。
彼のお墓は、東山の阿弥陀ヶ峰にあります。