2009年01月20日
今も変わらぬ高瀬川の流れ~一之船入~
「高瀬川一之船入」とは、高瀬川に作られた船からの荷物を下ろす船着場。
高瀬川は、実は江戸時代に作られた運河です。

その起点となるのが、この二条木屋町あたり。
その最初の船入なので「一之船入」と呼ばれています。
昔は水路に沿って9ヶ所あったそうです。


並行する通りは「木屋町通り」
この界隈には、材木屋が多かったので木屋町と呼ばれています。
材木の積み下ろしで賑わったことでしょう。
お酒や米俵も運ばれていたのかもしれませんが・・・

高瀬川は、十条まで南下し、さらに鴨川を横断して伏見ま通じていたそうで、そこで宇治川に合流し、水の都大阪へ。

当時も、高瀬川の流れる木屋町通りには、商いをする店や宿屋などが立ち並んでいたのでしょう。
冬はひっそりとしているこの付近も、桜の頃はすばらしい華やかな通りになります。
昨年4月の木屋町通りの高瀬川の桜です。
http://photonorichan.kyo2.jp/e508670.html
高瀬川は、実は江戸時代に作られた運河です。
その起点となるのが、この二条木屋町あたり。
その最初の船入なので「一之船入」と呼ばれています。
昔は水路に沿って9ヶ所あったそうです。
並行する通りは「木屋町通り」
この界隈には、材木屋が多かったので木屋町と呼ばれています。
材木の積み下ろしで賑わったことでしょう。
お酒や米俵も運ばれていたのかもしれませんが・・・
高瀬川は、十条まで南下し、さらに鴨川を横断して伏見ま通じていたそうで、そこで宇治川に合流し、水の都大阪へ。
当時も、高瀬川の流れる木屋町通りには、商いをする店や宿屋などが立ち並んでいたのでしょう。
冬はひっそりとしているこの付近も、桜の頃はすばらしい華やかな通りになります。
昨年4月の木屋町通りの高瀬川の桜です。
http://photonorichan.kyo2.jp/e508670.html
Posted by Norichan at 21:00│Comments(2)
│京の旅
この記事へのコメント
高瀬川と伺って、森鴎外の「高瀬舟」を
連想しました~
木屋町とか、江戸の木挽町とか、
水運を利用して材木を商う場所が町名に
なっているのですね~
鎌倉の「材木座」もそうかなあ?
・春の桜も素晴らしく綺麗!
待ち遠しいですね・・。
Posted by 雪童子 at 2009年01月20日 22:55
雪童子さんへ♪
森鴎外の「高瀬舟」の舞台は、まさしくこの高瀬川です。
高瀬舟は、浅瀬の多い川や浅海を航行するための船底の平らな船で、特に浅い高瀬川は高瀬舟が必要だったのです。
華やかな河原町の一筋東の木屋町沿いの高瀬川はとても静かに流れていきますが、伏見から宇治川へと流れていくと、高瀬川の風情は無くなります。
この高瀬川を島流しの罪人が乗せられていったというのも森鴎外の「高瀬舟」で知りました。
裁判員制度始まったら、「喜助」を罰せられるかどうか?
なかなか考えさせられます。
でも、高瀬川は、きょうも鴨川の水を取り込んで、流れています。
Posted by Norichan at 2009年01月21日 20:23
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